私。
データを信用しすぎるところがあると思うんです。自分でいうのもなんですが。
今日は、天気予報で、「曇り時々晴」。
だけど、14時頃から急に雲行きが怪しくなってきて。
そう。自分のカンでは、
「雨が降るな」
と感じていたんです。
でも、なぜか
「天気予報では曇り時々晴れだったから、雨は降らないはず」とも思っていた自分がいまして。
でも、見事に自分のカンが当たり、ぽつりぽつりと雨が。
あわてて、洗濯物を取り込んで。
洗濯物を取り込みながら、思ったんです。
「なんでいつも私は自分のカンを信じず、天気予報を信じるんだろう?」
しょっちゅう、自分のカンを無視したばっかりに洗濯物を雨に濡らしてしまうのに。

それは、天気予報がデータの集まりだから。
過去のデータの集まりからも「そうなる」という根拠があるから。
それでもその根拠がいつも正しいとは限らないことも知っている。
けれど、論理的とか。根拠とか。証拠とか。エビデンスとか。
感覚的に生きている私にとっては、そういう言葉たちは非常にあこがれの存在でして。(正直に言うと、感覚的であることに少し劣等感もあります。)
なので、自分のカンよりも、そういったもののほうがきっと正しいと、あこがれを基準にして優先してしまうのですよね(^^;)
でも。
いい加減わかってきたのは、天気は、自分の目で見て空を確認するのが一番正解ってこと。
もっと自分のカンを信じてみよう。